7回目となる東京ドキュメンタリー映画祭が、2024年11月30日(土)〜12月13日(金)まで、新宿K’s cinemaにて開催される。12月1日(日)16:45〜及び12月10日(火)10:00〜舞台挨拶付きで上映される大場丈夫による、『君は君でいい』は、不登校の中学生たちがやってくる茨城県にある私塾「轍(わだち)学舎」の元教員の柳田尚久塾長と子供たちを追ったドキュメンタリー。上映を前に、大場丈夫監督のインタビューと東京ドキュメンタリー映画祭2024の予告編が届いた。
■「東京ドキュメンタリー映画祭2024」予告編
『君は君でいい』
監督=大場丈夫 2024年/80分/日本
茨城県にある私塾「轍(わだち)学舎」。元教員の柳田尚久塾長のもとには、不登校の中学生たちが彼を慕ってやってくる。虫は好きだけど勉強は嫌いなジュンペイ。奇抜な絵を描く、ピンク色の髪のユウナ。友達関係に悩む利発なミヒロ。中学校には行けないが、この先、進学はどうするのか。将来何になりたいか…。尽きない彼らの悩みに粘り強く対峙する塾長の奮闘と、子どもたちとの心の交流を、ダイレクトシネマ的な手法で描く。
茨城県にある私塾「轍学舎」の塾長の柳田尚久先生についてのドキュメンタリーを撮ろうと思った理由をお教えください。
柳田先生とは、僕の前作の『県民投票』というドキュメンタリー映画の撮影中に知り合いました。柳田先生は、50歳まで教員をされ、それから私塾を主宰されていて、昼間は学校に足の向かない子どもたちのサポートを、夜は学習塾で教えています。また、茨城新聞に教育に関する論評を連載したり、講演活動などもされていて、今の日本の学校教育について非常に厳しい意見を持っている方でした。僕がドキュメンタリー映画を撮っていると知った柳田先生は「今まで色んな種類の教育ドキュメンタリーを観てきたけれど、俺が“本物”だと感じたものはない。」というふうにおっしゃっていたので、「“本物”の教育っていうのはどういう教育のことを言うんだろう?この方は子どもたちに対してどういう関わり方をされているんだろう?」と興味を持ったのがきっかけでした。
ドキュメンタリーを撮りたいと思っても、柳田先生のOKをもらわなくてはいけなかったかと思いますが、OKはすぐもらえたんでしょうか?
「お前は一体どういう作品を撮るつもりなんだ?どういう映画作家なんだ?」というふうに問われて、僕の前の作品を塾で上映させていただいたんです。塾に来ている親御さんにも観ていただいて、柳田先生にもすごく気に入っていただいて、そこで初めて信頼関係ができて、撮っても構わないという許可をいただけました。
生徒さんたちのOKももらわなくてはいけなかったかと思いますが、全員からOKをもらえたんですか?映っていない他の生徒さんなどいたのでしょうか?どのようなスタイルで撮影したんですか?
映っていない生徒もたくさんいます。最初、1日目にカメラを持たずに教室に行きました。そこで何人かの子どもたちと話したり、子どもたちと先生が話をしているのを聞かせてもらったりしました。子どもたちは自分が抱えている悩みとか苦しさとかを率直に柳田先生に話していて、「なんで自分は今カメラを持ってないんだ」と居ても立っても居られなくなりました(笑)。2日目からは、カメラを持って行きました。僕はそこからは子どもたちの教室の時間をなるべく壊さないように、「いつもカメラを回している人」みたいな、空気みたいな存在でいました。子どもたちは、気にしない子は全然気にしないし、気にされている親御さんには、「撮りません」と伝え、撮れるところを撮りました。現場で何かが起こってくれるのをひたすら待ち続けるというスタイルです。
生徒たちは、学校の先生や親には言えなかったであろうことを、柳田先生には率直に話したりしますが、取材をして、どうして柳田先生には話せるのだと思いましたか?
たぶん柳田先生には、心を開こうとしたくなる何かがあるんだと思います。きっとこの先生だったら、自分の心の内面を吐露しても、必ずキャッチしてくれるっていう、安心感があるのだと思いました。
柳田先生の魅力はどこにありますか?
一言で言うと“強さ”ですね。子どもたちに対しては優しいんだけれども、自分の姿が強く見えるように意識されていように思います。ただ、その“強さ”の裏で、悔やんだり、弱みを見せる瞬間が多々あって、子どもたちに見えないところで悩んだりしている時間がすごく教育的だなと感じました。だから、子どもたちと次の日対面したときに、ひとことぽんって力強い言葉が掛けられるのだと思いました。
親御さんたちも、柳田先生や他の親御さんに悩みを吐露できているように思いましたが、親御さんたちにとっては、「轍学舎」はどのような場所だと思いましたか?
親御さんたちも先生とコミュニケーションを取りたくて学習会に参加しています。色々な教育のテーマについてざっくばらんに話す会なんですけど、自己紹介みたいな時間があって、自身や子育ての近況をみんなで共有する場になっていました。柳田先生はそれに対して「ああしろこうしろ」とは言わないんですけど、そういう共有する空間っていうのをとても大事にされていて、親御さんもそこに共鳴されていると感じました。
柳田先生ご自身も、塾に来られた日の元気な生徒の姿しか見たことがないという話をしていますが、家でも学校でもないもう一つの居場所があるのはいいことだと思いました。カメラも、家や試験会場にはついていかず、あくまで塾でのみ撮影すると決めた理由をお教えください。
柳田先生の視点で、見た子どもたちの姿を描こうとしました。見えない部分は観客に想像してもらえる作品にしようと思いました。
ユウナちゃんが柳田先生にもらい物をしたときの喜びようを見て、目頭が熱くなりましたが、本作の制作中に、涙が出そうになった瞬間など、心が動いた瞬間はありましたか?
僕自身はあまり泣かない人なんです。僕自分の作風として、メッセージとか主義主張が先にあって、それを作品にするっていうタイプの作家ではなくて、実際に現実をよく見て撮れたものの中から、そのメッセージだったり今の社会に対する問いかけだったりというのを探っていくという作り方なんですけど、今回は最後にタイトルを出してみたときにぴたっとはまった感じがあって、何か映画になったなというような、これで正解だっていう感覚がありました。結果的にメッセージ性が強い作品になったと思います。
生徒たちそれぞれが頑張ったから、ハッピーエンドに見えますが、ドキュメンタリーは現実ですから、うまくいくことばかりではないと思います。いつからいつまで撮影するかは最初から決めていたんですか?
本作の撮影期間は2022年の1月から翌年の6月までだったんですけど、撮影期間は特に決めていなくて、ジュンペイの変化が見られたときに、「映画が終われるかもしれない」と思いました。しかし、あれで完結というわけではもちろんなくて、今はもう子どもたちは高校生になっていますけど、現実は単純ではないし、人生はこれからも続いていきます。あくまでもこの映画は僕が先生や子どもたちと過ごさせてもらったある期間の記録なんだと思います。
本作の撮影を通して学んだことはありますか?
国の統計調査では、不登校の子どもの数が過去最多で、その原因としては「無気力」が1位だと大きく報道されているんですけど、一言で無気力といっても、その中にも複雑な要因がたくさんあって、一人一人抱えていることが違うっていうことを、周りの先生や大人が肌感覚として知っておかなくちゃいけないんじゃないかなと思いました。
本作をどういう方に観てほしいですか?
今現在、子どもたちに関わる仕事をされている方、教育に関係されている方には、ぜひ観てもらいたいです。あとはやっぱり子育てをしている親御さんにも観てもらいたいですし、また、学校に足が向かないと悩んでいる子どもたちも「自分一人じゃないんだ」と励みになったらうれしいです。誰もがこれまでの人生の中で何かしら学校や教育に関わってきているはずです。だからこそ、観客一人ひとり違った心動かされる部分があるんじゃないかと思います。色んな立場の人に観てほしいですし、人によって違うだろうけど何か“糧”になるシーンもあるのではないかと思います。
読者にメッセージをお願いします。
悩みだったり、苦しみを抱えている子どもたちに対して、柳田先生がどういう言葉をかけていくのか、どういった関わりをしていくのかというところを観ていただきたいです。きっとその中には、教育に関することだったり、これから自分がどう生きていくか、さまざまなヒントが隠れていると思います。それぞれの立場で観ていただけたらと思います。ぜひ観に来てください。
11月30日(土)〜12月13日(金)新宿K’s cinemaにて開催
■「東京ドキュメンタリー映画祭2024」公式サイト